【とある旅物語・22】

・前回までのあらすじ
即決で旅に出た、ある日の俺。
日常の疲労を癒す、という面目にて、相棒(クルマ)と共に北へ出発した。
帰路の際、雪による天候大荒れとなり、そこで様々な出来事があり、ある「P」へと滑り込む。
そして…

ホテルで一息入れる。
部屋に備え付けの、インスタントコーヒーを飲む。
じんわりと、身体が温まっていく。

…うまい。
こんなにコーヒーを美味く感じる事が、最近あっただろうか…
そして、先程の衣料品店のことについて考える。
このホテルを出発点として、その位置を記憶から引き摺り出す。
道順をイメージする。
「…」
大体、ここから徒歩3000歩くらいの辺りか。
衣料品店までの順路は完成した。
コーヒーを一気に飲み干す。
部屋を出て、エレベーターに乗り込む。
フロントに、ルームキーを預ける。
フロント:「お出かけでしょうか」
俺:「はい。一旦買い物に出かけます」
フロント:「かしこまりました」
フロントを後にする。

そして、正面入り口からではなく、
お兄チャンの居る駐車場から外に出ることにした。
お兄チャンにお礼も伝えるためだ。
「あ、お出かけでですか」
お兄チャンが俺に訊く。
ここまでの図らいにお礼を言い、買い物に出ることをお兄チャンに伝える。
「気を付けてくださいね。そこら辺、アイスバーンになってますから!」

なに?

そこの歩道とか、もう氷ですよ。ヤバいっすよ!」
駐車場の中から、外を見る。
もう吹雪は収まり、少し陽の光が差し込んでいる。
で、地面を見る。


雪は、街路樹の根元や道の端っこ、その他そこら辺にある。
だが、テロテロにコーティングされている地面も大半を占めていることが、分かる。

…ヤバいやつですな、コレは。

ありがとう、
と、
お兄チャンに一言告げる。
「じゃ、ちょっと整備にいきますんで!」
と、お兄チャンは足早に何処かに消えていった。


テロテロにアイスバーンコーティングされた歩道に、一歩を踏み出した。
途端、

ツルッ
ドテッ
ゴチッ

と、なってしまった。

もう少し細かく説明すると、

ツルッ→足が滑る
ドテッ→滑って手をつく
ゴチッ→ついた手が滑り、頭部をぶつける

こうしたものだ。

結局のところ、

ツルッ、はドテッ
ドテッはゴチッ
結果、
ツルッ=ゴチッ

なのだ。
ツルっとなれば、ゴチッ、まで一直線。

口の中、切ったか…
口腔内に、一気に鉄の味が染みわたる。
ポケットから、ハンケチを取り出す。
口の中に溜まったそれを吹き出す。
それは、ハンケチを一瞬にしてドス黒く染めた。

…痛い。

立ち上がろうと試みるも、
ツルッ=ゴチッ
が成立している限り、この場では永遠にそれをリピートするのみだと悟る。
しばらく、その場に座り込む。
お兄チャンに助言を求めようとするも、すでにその場から居なくなっていた。

「…」

どうしよう。
一旦、戻るか…?
だが、戻るにしても距離が中途半端だ。
ツルッ=ゴチッ
からは、逃れられない距離だ。

必殺技「最後の力の一歩手前」も、本日分は終了している。
その為、後は最後の力しか出せなくなってしまっている。
そこで、しばらく途方に暮れる。
ハンケチを口元に当てて座り込んでみる。
周囲を観察した。

良く見れば、転んでいる方もいれば、
上手く歩行している方もいるではないか!
しかも、転んでも直ぐ立ち上がっている…

何が違うんだ!?

もう少し、高度に上品ぶって座りながら観察する。

これは…
あの歩法だ。

歩く方法が、違う。
なるべく地面から足を離さずに、スルスルスルー、ってなる、歩法。
転んでも、一発で止まる受け身。

これだ。
これが、この地を制する移動方法なのだ!

よって、これをトレースして目的地まで向かうことにする。

重心はどこだ?
手足の連動は?
一歩の歩幅は?

見た目の情報に全てを任せ、忠実にトレース。
それをオートマチックに再現してみる。
ただ、これを実行するにはエネルギーが不足していた。

その為ここで、俺はもう一つの必殺技、

「最後の力の一歩先」

を使うことにした。

この技を解説すると、
最後の力とか、出しちゃったら最後じゃん
だから、最後の力を見て見ぬふりをして飛び越して、最後の力の伸びしろを増やす
という、「最後の力の一歩手前」よりも、更に小賢しい技なのだ!
最後の力とか知りたくないから、他者に断りもなく、知りもしない他人の技をふんだくってあたかも自分のもののように振舞うという、非常に失礼な事も厭わない技なのだ!                                その為、「最後の力の一歩手前」とは違い、自分の根気が尽きるまで使用できるという、超インチキな技なのだ! 

ただ、あまりにもセコ過ぎるため、やりすぎると人として大切なものを失っていくという危険があるため、使用する人間の倫理観が大変重要となる、奥義でもあるのだ!                            

これにより、結果アイスバーンの路上を歩行する事に成功した。
この歩法にて、何とか目的地である衣料品店までたどり着く。
店内は暖房が効いて、これまでの疲労を癒してくれる。
店内を一通り見まわした後、必要な衣料品を購入する。
そして、ホテルの自室へと戻る。
この時、時刻は18時30分を過ぎていた。

部屋にはシャワールームが付いている。
ひとっ風呂浴びたかった。
だが、そんなことは帰ってからでも出来ることだ。
これ以上、何が起こるか分からないこの状況下から、自分のエリアへ戻ることが最優先だ。
これからに備え、まずは食べておくことが重要だろう。

今になって、旅に出る際の
「お前も喰っとけよ」
という、相棒の言葉の意味が心に沁みる。

俺は購入した衣服に着替え、夕食を摂るために再び外へと向かう。
(続く)


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