・前回までのあらすじ
北の地に旅に出た相棒と俺。雪雲との戦いを経て、山道からの帰路を選択する。
途中まで順調だったかに思えたそこに、新たなる試練が待ち受けていた…
ガス欠で走行不能になってしまったという男性。
この男性が、安堵の表情を浮かべているのが分かる。
見も蓋もない言い方をしてしまえば、
俺から、相棒のガソリンを分けてもらおうとしている
のだ。
幸い、俺は帰路に着く前に、携行缶に10ℓのガソリンを補充しておいた。
だがコレは、相棒にもしもの事があった時の為だ。
そして、このタイミングで相棒にもしもの事が起ころうとしていた。
不気味に輝き始めた、ガソリン残量が少ないことをじわじわと伝える警告灯。
そして…
俺は、暫く、と言っても、
ほんの数秒ではあるが、この男性に対して言葉をかけられずにいた。
相棒が万全のコンディション(ガソリン満タン)であれば、携行缶のガソリンを直ぐに
「はいよー」
と、譲っていただろう。
だが、今はそうではないのだ!
相棒も、ピンチ状態を俺に知らせている。
ここで、誰とも分からない人間に、貴重な資源を与えるのか?
それをしたとて、どうなるのだ?
この間、俺の心には天使が舞い降り、
そして悪魔が降臨していた。
直ぐに、それは激突する。
俺の天使:「分けてあげなさい。困った人を見捨てるわけにはいきません」
俺の悪魔:「無視しろよ。今、世紀末救世主伝説の時代じゃないだろ。自分が助かることが第一だぜ」
俺:「…」
悪魔の言うことには、何故か説得力がある気がしていた。
俺、北斗〇拳使えないし。ついでに、南●聖拳も使えないっすよ。
俺の天使さんよ、反論できるのかね?
…と、もう思考も何が何だか分からない方向へと向かっていった。
………
……
…
わー
どうすれば良いんだ!?
一応相棒に訊いてはみたが、相棒は何も答えなかった。
そりゃ、当たり前ですよ。
相棒は、クルマなんだからね。
何でもかんでも答えろって、そりゃあ無理ってものですよね。
「…」
しかし、もうこの状況だ。
この男性を放っていく事が、自分にとっては一番助かるのだろう。
が、
永六輔さんが言っていたじゃあないか。
来た道
行く道
二人旅
これから通る今日の道
通り直しのできぬ道
この男性は全く知らない人間であり、
かつ、二人旅ではない。
しかも、今の場面でこの言葉を使うのは用途が全くもって違っている、というのは俺が一番良く分っている。
だが、こんな場所で会ってしまったのは、何かの縁であろう。
俺は、この男性から話を聞くことにした。
男性の名前はYさん。
彼女がおり、少し前から都会の喧騒から少し離れたくて、二人で計画を立てて二泊程度でこちらの地方に来たという。
Yさんのクルマのナンバーは、俺のものと近いものだ。その為、帰りの方向も概ね同じであろう。
そして、Yさんのクルマはハイブリッド車だった。
電気とガソリンで走るやつだ。俺は良く知らんけどね。
スタッドレスタイヤも履いている。
もう少し良く話を聞くと、天候が荒れてカーナビの指示通りに走ってきたら、こんなところに辿り着いたそうだ。
…
ナビに頼っても、あんまり俺と状況変わらないじゃない。
っていうか、ナビに頼ると却って道を憶えなくなるから。
ナビを羨ましいと常々思っていた俺は、いらぬオマケを付けながら思った。
…俺も、説教がましくなった。もう歳だなぁ
と、そんな事を出力しそうになった言葉をグッと飲み込んでですね、Yさんのクルマの中を見ると、
一人の女性が、助手席で身体を丸めていた。
ストールに包まって。凍えているのだ。
先程聞いた、Yさんの彼女だろう。
かわいそうに。何も機能しなくなったクルマの中は、とても冷える。
そんな状況で、何時間も…
ナビは全く機能しないのかと聞くと、あまり役に立たないと直ぐに返答があった。
俺の携帯も圏外だからなあ…
昨日、
「恐るべしグローバルポジショニングシステム」
とか思っていたが、まあダメなときはダメってもんよ。
というよりも、使い方をきちんと知っておく必要があるのだろう。
…と、何気なくこう思っていた事が、このナビが後に有効な打開策になることとなる。
もちろん、この時点ではそんな事は分かっていない。
それはさておき、とにかくYさんの彼女が心配だ。
このまま日が暮れれば、ますます冷え込みが強くなるし、今まで何時間も暖房がなかったのだ。
色々と勘繰るわけではないが、状態によっては、肺炎にでもなったら大変だ。
Yさんだって、今は頑張っていることが出来るかもしれないが、このまま膠着状態が続けば冷えで体力が尽きる事は明白。
キミたちには、ボクのような必殺技がないのだからね!
そこで、俺はYさんに提案をすることにした。
これは、前提としていくつかあり、最善と思えたものを挙げたものだ。
【前提】
・Yさんのクルマはハイブリッドの為、ℓあたり25㌔は走る
・携行缶のガソリンの内、6ℓをYさんに給油する(気持ちだけ多く渡すのです、ボクって優しいでしょ?)
・山を降りたら、お互い連絡する
この寒さでは暖房必須で燃費は少し悪くなるであろうが、25㌔×6ℓの距離だ。ここで足止めを喰らっている我々は、もう山道の中間部まで来ていると仮定する。
その為、後は下り道が主体、とすれば、Yさんのクルマならこの燃料で山道は越えられるはず。Yさんはここを脱出して、安全地帯に行けるはずだ。
以上を前提とし、Yさんの理解&了解を得た上で、俺は提案をした。
そして、無事に脱出出来たら、とりあえず連絡を取り合うこと。
今の、この場所は携帯の圏外だ。
その為、どちらかがこの山道から脱出できたとしても、どちらかが取り残されている可能性があるのだ。
っていうか、取り残されるのは100㌫俺ですけどね。
そうした場合、ためらいなく救援を呼ぶためだ。
Yさんはこの提案を了承し、早速作業に取り掛かることにする。
では…
まずは、△停止板をあそこら辺に置いておかなければならない。
いくら車通りが少ないとはいえ、
何があるかは分からないのだ。
重要な作業をするにあたっては、やはり慎重になればなるほど良い。
ちょっとした心の隙が、致命傷になりかねないからね。
その為、こうした緊急を知らせるために三角停止板を置くのだ。
ひとつで大丈夫であろうが、俺のとYさんのを二重に置いておいても良いのだ。
そして、そういう風にしようと決めた。
俺は、相棒のトランクを開けた。
まあ、なんというゴチャゴチャ加減よ。
それは横に置いておいて、「確か△停止板をこの辺に閉まっている」であろうという記憶に基づき、
ここら辺を探る。
「…」
何か、あった。
その時、そこら辺に避けていたものが崩れ、俺の右手を直撃する。
あうっ…
その直撃により、思わずとも激痛で声が漏れた。
直撃したそれを確かめる。
脱出ハンマーだった。
「…」
これ、なんでトランクにあるんだろうか
いつから、ここにあるんでしょうか
これって、存在する場所はトランクじゃないでしょ
車内に閉じ込められた時の為のアイテムだから、トランクに置いとくものではないの!
脱出ハンマーの重たい一撃を喰らった俺は、コイツを早速退かす。
取り出すのは、△停止板なのだが、
この時、「最後の力の一歩手前」が発動していたことに、俺は気付いてはいなかった。
「…」
俺の相棒には、7つの秘密道具が積まれている。
7つもないかもしれないが、まあ何かが積まれているのだ。
三角停止板を探している途中、コイツに出逢った。
「強力巨大ニッパー」
↑便宜上、そう呼ぶことにします
また、その他の助っ人アイテムまで発見する。
それは、
「クロスレンチ」
「糸鋸とその替え刃たち」
「CRC556」
「…」
ちょっと待て、ちょっと待てよ。
何かが閃きそうだ。
因みにですね、こうした強力巨大ニッパーみたいなものは、ホームセンターとかで普通に売られています。
どのように使うのかは、各々の判断による。
「…」
俺は一先ず△停止板を取り出し、この秘密道具の事は留意しておくことにした。
そして、Yさんの様子を観に行く。
どうやら、停止板を見つけるのに苦戦しているようだ。
まあ、普段あまり使わないものだから、そりゃあどこにしまってあるかなんて
ヒョイッと分かるわけではない。
俺も参戦して、Yさんのクルマのトランクを見る。
こうした事態ってそうあるものではないしね。
Yさんも焦ってはいるだろうし、早く解決して温かい街に戻ろう。
そして、俺はYさんのトランクから一枚の毛布のようなものを発見した。
とりあえず、それをYさんに知らせ、彼女を毛布のようなものに包ませておくことにした。
羽織一枚あれば、少しは違うだろう。
何の羽織かは知らないけれど、見た限りは多分人が包まっても大丈夫なやつだ。
そしてさらにYさんのトランクから停止版を見つけようと漁っていると…
何かのケースを見つけた。
…これって、ジャッキケースだろ。
よく見ると、シザースジャッキであることが分かった。
それは更に、「油圧式」であった。
「…」
俺の相棒から偶然に発見した強力巨大ニッパー。
この、Yさんの油圧式シザースジャッキ。
…この状況を好転する手段が浮かぶ。
…
これだ。
これが、Yさんにとっても、俺にとってもwin-winであるはずだ!
それを実行することにした。
俺は、Yさんに「役に立たなくなっている」という、ナビを見せてもらうことにした。
何故かというと、携帯の電波と違って、クルマに搭載されているGPSが機能していないということは、まずないからだ。
単純に、ナビのシステム上搭載されている情報量が少ないために、
「自分の居る場所は分かるが、それがどこだか分からない」
ということもある。
Yさんのクルマのナビを見る。
現在地が分かる。それは、間違いないものだ。
そして、何が分からないのかというと、今現在の位置が天気図の等圧線みたいに表示された山の曲線の部分にポツリとあるだけなので、分からないのだ。
要するに、自分が今、知りたい情報を得られる情報が少なすぎる故に、「役に立たない」とYさんは言っているのだ。
山道じゃあなければ、お店やら何やらの情報って、必ずナビに載っかってくるしね。
俺の相棒にナビはないが、俺はナビの使い方を知っている。
少し画面をスクロールすると、市街地まで後どのくらいの距離かが分かる。
適当に目的地を山の麓あたりに設定し、ナビに表示させる。
そこまでは、
『あと○○㌔』
であった。
そこまでのルートも表示されているが、きちんと道になっているのかあまり良く分らない。
だが、そこら辺までこの通りに走れば問題ないだろう。
相棒と俺が、今の『山の半分くらい』までの地点に来るのに、ノロノロ運転で30分程度だった。
その為、山を降りて開けた場所まで行く分には、この距離はYさんのハイブリッドならたどり着けるはずだ。
そして、俺はYさんに言う。
俺:「そのジャッキ、貸してもらえますか?」
Yさん:「いいですよ」
ありがとう、とお礼を述べ、Yさんからジャッキを借りる。
その前に…
Yさんのクルマにガソリン6リットルを給油。
とりあえず、暖房だけでも作動できるようにしておいた。
これで、キミの彼女?は少しでも暖が取れるはずだ。
そして、Yさんより借り受けたジャッキを相棒の後輪片側の下に仕込む。
この携行できるタイプのジャッキは、いっぺんに両方のタイヤを持ち上げる事は出来ない。
耐過重量とかがあるため、無理するとジャッキが壊れてしまうためだ。
相棒の下にジャッキをセットして、後輪をゆっくり持ち上げる。
ちなみにその最中、Yさんにこのジャッキを使ったことがあるのかどうかを訊いた。
Yさん:「いや…ありません」
そうであろう。大体、パンクした時くらいしかこうしたものの出番はないのだが、パンク用の補助タイヤを使うこと自体があまり訪れることがないですからな。
というわけで、俺の作業中、Yさんには後方の安全確認をお願いした。
「…」
ジャッキを操作して暫く経過。片輪が持ち上がる。
ここまで上がれば、このタイヤチェーンがどのように装備されているのかの確認が、内側からも可能だ。
俺はこの時、
「何とかしてコイツを丁寧に外して、今度もちゃんとつかえるようにしよー」
など、セコい考え方をしていた。
が、
流石にJA〇さんが吹雪の中取り付けたものだ。
タイヤの外側から見ようが、内側から見ようが、その装着構造を理解することはかなり困難であった。
一応、コイツを購入するときは
「タイヤを脱着しなくても、ジャッキであげなくてもこのチェーンは履けます」
とか売り場の広告版に書いてあったが、JA〇さんですら、重装備で相棒を持ち上げて履かせてもらったんだぞ!
どんなスキルを持っている奴がそんな事出来るんだよ、オゥい!!
そうしたことにより、俺は「作戦行動alpha」に出る。
↑適当に作戦名とか付けただけです
「何とかしてコイツを丁寧に外して、今度もちゃんとつかえるようにしよー」
とか、甘ったれた考え方をしていた俺が間違っていたのだ。
次に使う時など、いつやってくるんだ。
そんないつかは、絶対に来ない。
丁寧にとっておこうが、そんないつかが来れば、どこかに行ってしまっているのだ!
一旦、相棒の下から外れ、先程相棒のトランクから発掘された「強力巨大ニッパー」を手に取る。
それを見た、Yさんの顔は引きつっていた。
うん、わかるよ。それ
ボクが、これから何をするのか心配なんだよね
特に、キミを撲サツするんじゃあ、ないだろうか…とか
表情がそう言ってるのは、わかるよ
しかしですね、
いちいちびびってんじゃあねえよ
(ご本人には言っておりません)
キミを襲ったりしないから大丈夫だ。
とにかく、後ろの安全確認だけしておいてくれるかなあ?
さて…短い間だったが、このタイヤチェーンともオサラバする時が来たようだ。
このチェーンの構造が分からない限り、オマエを破壊するしかない。
「…」
内輪側を確認する。
外せるポイントは、ジャッキを使用して覗いたこの状態からも、どこをどう見ても見つからない。
俺は秘密道具の、「強力巨大ニッパー」を構えた。
ふとYさんを見ると、俺の方をチラリと見ていた。直ぐにYさんは後方の安全確認へと目を逸らす。
「…」
俺が何をするのか興味津々なのは分かるが、これから先の事は見ない方が良いぞ。
と、言うわけでですね、チェーンの網目状態を確認する。
二か所…いや、三か所か。
ここに、強力巨大ニッパーをブチこめばですね、外れるはずなんですよ。チェーン。
外れるというか、破壊するんですけどね。
一か所目の切断場所に、強力巨大ニッパーをセットした。
…
昨日からの吹雪地獄を乗り越えてきてくれた、わが戦友よ。
別れの時が来た。
短い間であったが、お前(チェーン)の事は、忘れはしない。
因みに、小さいお子さんにモノを大切にするように教える時にはですね、
「モノには人格が宿っているんだよ」というように教えると、効果的らしいです。
ぬいぐるみやおもちゃを直ぐに壊してしまう場合は、
「ぬいぐるみちゃんが痛いっていってるよ」とか言うと、次からは劇的にモノを大切にするようになるらしい。
まあ、そんなことはどうでも良い。
「…」
強力巨大ニッパー、照準セット。
…うりぃぃぃぃ!
その気合とは噛み合わずに、あっさりとタイヤチェーンはへろっとブツ切れた。
手ごたえもクソもないぞ。
Yさんが、安全確認を怠りこちらを見ていた。
俺と目が合った。
Yさん:「…」
俺:「…」
しばし、沈黙の時間が訪れる。
っていうか、コイツこんなに強力だったっけ?
少しだけ、チェーンを破壊した俺の方がビビっていた。
だが、しかし、とて。
もうこれで、タイヤチェーンを外せることが分かったのだ。
外側のポイントを切断し、片輪のチェーンを外す。
そしてジャッキを反対側に入れ替え、同じように破壊工作を行い、無事にチェーンは外された。
これで相棒は、法定時速以下で走らなければならないという枷から、解放されたのだ!
俺はジャッキをYさんに返した。Yさんのクルマは既に暖房が効いていて、彼女も無事の様だ。
Yさんより、感謝の言葉を頂く。
俺の相棒も身軽になったことだし、これでめでたしめでたし、だ。
最後に、最初に設けた【前提】は破棄した。そして、もう一度Yさんのカーナビを見せてもらう。
「…」
ふむ。これによれば、あと数キロこの山道を走れば市街地へと出れるはずだ。
残りは下り坂がメインの為、燃費の悪い相棒でもこの距離なら脱出が可能だ。
そういうことで、Yさん達カップルには先に出発してもらった。一緒に走ると、何だかなにかを気にしちゃうでしょ?
Yさん、そしてYさんの彼女は何度も俺にお礼を伝えてくれて、走り去っていった。
その姿を見送る。
…
そして、相棒。様子を伺ってみる。
「さっさと帰ろうぜこの馬鹿野郎」
との事だった。
何も、問題はないようだ。
俺は相棒に火を入れ、発進した。
辺りはもう薄暗くなってきており、木々に少しばかり残っている雪がとても綺麗に見えた。
俺と相棒は無事に市街地へと降り、腹ごしらえをした後高速に載り、帰路へとつく。
この先は、とても順調だった。そんな中、俺は回想にふけっていた。
この旅は、色々とあった。
思い付きで旅に出た俺。
その先で、様々な人に出逢い、助けてもらった。
そして、相棒。
俺が今こうしているのは、こういった方々&相棒のおかげだ。
今までの疲労が、さっぱりと消えてしまったようだ。
さて、明日からは日常に戻らなければならないな。
様々な出来事、出逢いに感謝しつつ、俺は自宅へと到着する。
(とある旅物語:Fin)
ところで…
途中、相棒が「最後の力の一歩手前」を使え、とか言っていたが、
何処かで使ったっけ?
どこかで使っているのでしょう。皆様のご想像にお任せいたします。
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